私が考える「旅」とは


 先日、掛川市の大須賀のスーパーに入ったところ、さくら棒をはじめとするカラフルな甘麩(麩菓子)が大量に売られていた。これまで暮らした地域ではまず並ばない商品で、思わず小さなものをひとつ購入した。

 現代の「旅行」とは、観光地へ行くこと、レジャーを楽しむこととされている。地域の風土を知るなどという行為は、変わった文化を持つ異国へ行くのならまだしも、国内旅行ではあまり行われなくなったと思う。

 私は用意された観光地にあまり興味がない。観光施設の入場料に千円支払うくらいなら、その近くの商店街かスーパーに行き、地元で製造したものを千円分買って食べるほうが、お金の使い方としても時間の使い方としてもよほど良いと思っている。

 日本各地の生活は均一化されたとはいえ、比較すればまだまだ個性がある。それは観光要素としてお金が取れるほどではないかもしれないが、訪ねた人が体験し思い出として持ち帰るには充分な特徴を備えている。

 旅行者が楽しむものは、必ずしも広く名の知れた名物や名所でなくてもいい。その商店街を使う数キロ圏内、そのスーパーを使う市内の人たちのみに向けた無名の品物であろうとも、「そこにしかない」ものであることに変わりはない。物産展や駅の売店で買えそうなものより、むしろ貴重な商品なのだ。

 なにも、その品々をもっとPRせよというのではない。そんなコストをかける必要はないし、それを商品価格に転嫁されても困る。ただ私は、旅行する人自身が旅行の途中で地元商店に入ってみれば、その土地でしか味わえない何かが得られるのだということを知らしめたいだけなのだ。

 誰もが行ける観光地など、暇でしょうがない時に行けばいい。旅先の人々の生活に自分から触れに行くことで実現する「私にしかできない旅」にこそ価値があるし、その体験こそが、旅の最大の魅力だと私は考えている。

 これは、遠く離れた土地でなくても旅ができるということでもある。「旅情」とは、いつもと違う商店街、隣の街のスーパーでも感じられるものなのだ。


(2012/08/30 志歌寿ケイト)



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